西欧社会の侵略だった明治維新

ハリスの通訳として江戸幕府と通商条約をめぐって交渉が続く1857年12月7日の日記にヒュースケンは「いまや私がいとしさを覚え始めている国よ。この進歩は本当にお前のための文明なのか。この国の人々の質朴なな風習とともに、その飾り気のなさを私は賛美する。この国の豊かさを見、いたるところに満ちている子供たちの楽しい笑い声を聞き、そしてどこにも悲惨なものを見出すことのできなかった私は、おお、神よ、この幸福な情景がいまや終わりを迎えようとしており、西洋の人々が彼らの重大な悪徳を持ち込もうとしているように思われてならない。」と語っているのです。

 

同じような見解を語っている沢山の記録は、渡辺京二著「逝きし世の面影」に見る事が出来ます。

 

単なる通商条約を結んで仲良くやって行きましょうというのではないことが、哀愁の言葉をもって語られているのです。

 

欧米による日本侵略が大前提として赤裸々に語られているのです。彼らの思惑はどのようにして達成されていったのでしょうか。

 

何処にも悲惨なものを見出せなかったに、なぜ文明開化が必要だったのでしょうか。沢山の寺社、仏閣を破壊し肉食を持ち込み、おもてなしの江戸文化を破壊してしまったのは誰ですか。

 

彼らが手先として使った人物達がこれを成し遂げていくのです。日本人にこれが出来るでしょうか。真に日本の進歩を考えていた人たちは全て暗殺されていったのです。明治維新は暗殺の歴史でもあります。だから生き残った人たちと暗殺された人たちを精査すれば、その流れが浮かび上がってくるのです。

 

2000年前、後漢の洪武帝が神武天皇を作った時も同じ構図なのです。古き良き縄文の素晴らしい文化を破壊したのも外圧でした。

 

その外圧を成し遂げていく中で、真の日本人たちは暗殺されていったのです。古き良き縄文の文化を消したのも、大陸系の人達でした。明治維新の破壊工作の実行犯もまた日本人ではなかったのです。御用学者がそれを嘘で覆い隠し、侵略の本体を隠し続けているのです。戦後の日本もまた全く同じ構図なのです。