日ノ御子の遺産

パワーストーン

天照大御神と呼ばれた“太陽を祭る巫女”が所持していた“パワーストーン”が糸島“井田交差点”の信号機から東へ300メートルほど行ったところの“三社神社”の境内にポツンと置かれている。

 

据え付ける角度が悪いので、普通は宇宙とつながるはずはないのだが、不思議に“宇宙”と繋がっている。さすがに日ノ御子が使っていたパワーストーンだけのことはある。

 

そのパワーストーンに不思議な磨かれた丸い穴が20個近く刻んである。

数年前から気づいてはいたのですが,何気なく眺める日々が続きました。

 

心を使って調べてみたらやはり意味がありました。

左の図が私の心が出した答えです。妻もこの通りというからそうなんでしょう。

正面側の12個が星を表している。

右側の四個が大陸を表しています。

 

その配置の意味はこれからゆっくりと調べていきたいと思っています。ただ霊太陽“本物の太陽”を意識していたことには驚きました。“ムー”もまた意識していました。

 

 

三代目“天照大御神”の墳墓

前原にある平原弥生古墳です。

古墳時代も含めて、最大の大きさ、最多の青銅鏡が発掘されました。

 

この墳墓の所に“モガリノミヤ”が立てられ“天の岩戸開き”の神事が行われたのです。そして“モガリノミヤ”を解体してその下に遺体を埋葬したのです。

 

その作りは二本の棟持ち柱を持ち、伊勢神宮内宮正殿の神明造なのです。この“モガリノミヤ”にならって、伊勢神宮内宮正殿が出来ているのです。

 

今も伊勢神宮内宮正殿の床下に食事を運ぶ儀式が執り行われているのはこのことを意味しているのです。

 

天の岩戸を開いて出てきたのは,弥生人日ノ御子だったのです。名前を“玉依姫”と言います。

彼女も苦しんでいました。

縄文“日ノ御子”を尊敬していたようです。

彼女を死に追いやり、日ノ御子を継がなければならなかった。歴史に飲み込まれた神の一人です。

 

彼女は纏向の箸墓古墳に葬られている。

 

私の歴史感は全て私個人の内なる自己から引き出したもので,史実と言われている現在の歴史とは関係ありません。史実を形作っている現代の歴史に史実はほとんど存在しません。

 

聖徳太子も本人は殺され偽の聖徳太子が歴史に登場しています。

歴史は勝者によって全て書き換えられます。

 

真実はあなたの中に存在します。

全ての情報はあなたの中から取り出すのが最善の方法です。

 

あなたの中の情報と私の情報・・比べてみてください。

そこに真実が存在します。

日ノ御子の副葬品

これがこの墳墓から発掘された日本で最大の青道鏡“内行花文八葉鏡”別名“八咫鏡”と呼ばれるものです。

 

伊勢神宮のご神体も全く同じと考えられますが、内宮は二度火災にあっており、現存している可能性は薄い。

 

伊勢神宮に行くより、伊都国歴史博物館に行けば、日ノ御子が実際に使っていたこの“八咫鏡”にあう事が出来ます。

その他、沢山の青道鏡を見ることができます。

そのどれもに日ノ御子のパワーストーンにあけられていた星の数12のエネルギーが入っています。

 

その他にも“八尺瓊勾玉”瑪瑙の赤い“管玉”ガラス玉等陳列してあります。

 

そう・・・ただ・・・陳列してあります・・・

そこに神話色は全くありません。

単なる物体として取り扱われております。

 

神話は今の日本に存在してはならないのです。

 

 

 赤玉の 光はありと 人はいへど 君が装ひし 貴くありけり(日本書紀)

 

 赤玉は 緒さえ光れど 白玉の 君が装ひし 貴くありけり(古事記)

 

この歌は“豊玉姫”が“ヒコホホデミノミコト”と離婚した時の歌と伝えられています。

 

この赤く透き通る“管玉”、赤玉の実物と同じ時代に作られたものがここに展示してあるのです。

 

古事記、日本書紀にこんな和歌が残されているのに、誰もこのことには触れないのです。

神話が史実になっては困る弥生人がこの事実をを隠蔽しているのです。

神話が史実になるということは、弥生人による縄文人制圧が白日の下にさらされてしまうのです。

 

西部開拓史以前の歴史が存在しないアメリカの歴史と同じです。

インディアン制圧の歴史を知られたくない白人と同じです。

 

日ノ御子の心を安らかに出来る日はいつ来るのでしょうか。 

 

三代目“天照大御神”の夫の封印場所と“豊玉姫”

三代目天照大神の夫はこの木の右側あたりで火あぶりの刑になったようです。

 

殺された三代目天照大神の所持していた青銅鏡を全て叩き割ったために処刑されたのです。鏡を大陸の血の入った“玉依姫”に譲るのを拒否したのです。

 

この地で処刑が行われ憎しみの封印となったのです。豊玉姫を主際神とする志登神社です。

 

そして“豊玉姫”本人もこの地で殺されたようです。

 

この神社は“豊玉姫”と三代目“天照大御神”の夫を封印するために建てられたようです。

 

ものすごい怨念を放っていました。社殿が火災で焼失しているのに、“豊玉姫”の魂は燃え尽きることなくその念を放っていました。

 

 

 

2015年の7月に不審火によって焼失した“志登神社”です。

 

しかしこの焼失した本殿の盛り土の上に“豊玉姫”の魂は燃え尽きることなく存在していました。

 

記紀では“豊玉姫”は海神国に帰されたことになっていますが、ここで殺されたのです。

 

新しい国家体制の出来上がる過程の犠牲です。