ソマチッドから考察した、魂の構造と正体

“たましい”は“ひとつ命”であり“ひかり”です。なのに何故、反省部屋に入ったり、4次元幽界を彷徨うのでしょう?

 

内なる自分は全てを知っているはずです。

 

なのに何故・・・光の世界へ行かない“たましい”が存在するのでしょう?

 

個性はどうも複数の“ソマチッド”の合成体のようです。“たましい”の本体は“ソマチッド”という物質で出来ています。

“ソマチッド”は“生命体”であり、“物質”であり、“ひかり”であり、“波動”でもある。火災でも死なない。原爆でも死なない。

 

“たましい”は多重構造で、人間の体内で別々に存在しています。光の世界へ戻るときも別々のルートで戻り、最後に情報伝達して、“光の世界”へ戻る“たましい”と、また別の人に入って行く“たましいの入れ物”とに分かれます。

 

人間の“たましい”は“小腸”または“大脳”に存在する“顕在意識” 、“心臓”に存在する“潜在意識”、“松果体”に存在する“超意識”、“前頭葉”に存在する“感情体”の四重構造になっています。

 

“超意識“は内なる“ひかり”でここから“光”が発せられる。超意識に個性はなく、みんな同一の存在です。

 

“超意識”から“下方”に発せられた“ひかり”は“心臓”の“潜在意識”を透過することで、この性格を反映して変化し、“小腸”の“顕在意識”へと届きます。

 “潜在意識”に当たった“光”が直接に現実を左右させることはありません。“潜在意識”の想いは“顕在意識”を通してしか“現実化”しません。

 

“心臓”の“潜在意識”を透過した光は“小腸”の“顕在意識”をあぶり出し、“顕在意識”を正常な方向に導こうとします。

 

“顕在意識”を限りなく“透明”にし“潜在意識”をそこに投影することで、数百万倍の情報で生きることが出来るようになります。

 

考えすぎる人、自分に自信があって自力で生きていると思う人は,“顕在意識”が真っ黒になっていて、その光を吸収してしまい、潜在意識からの情報は伝達されにくくなってしまいます。

 “顕在意識”のわずか数十年の知識で生きて行くことになります。“潜在意識”の数万年、数十万年、百万年の英知を利用出来ないのです。

 

 

次に“松果体”から“前方”に出た光は“前頭葉”の“感情体”に当たります。これで色がつく。そしてこの光が“現実”を投影するのです。

“感情体”の想いはそのままダイレクトに投影され、あなたの“現実世界”を映像として作りあげます。

 

“感情体”とはあなたの“心”、“想い”と思っていただければ良いでしょう。

 

この“感情体”はプロジェクターとしての役割を果たします。ひたすら“投影”し続け、あなたの“想い”を実現し続けます。

 

ではその情報は何処から来るのか?

 

“小腸”の“顕在意識”がその情報発信源となっています。

 

“小腸”の“顕在意識”の情報はソマチッドを介して瞬時に“前頭葉”の“感情体”に伝えられます。

その結果“顕在意識”の“想い”が現実として投影され、あなたの世界が出来るのです。

 

だから、“顕在意識”をいかなる状態に置いているかで、あなたの前に出現する“現実”が変わっていくのです。

 

もし、 “顕在意識”を完全に白紙に出来れば、そこにはあなたの“潜在意識”の無限の可能性が演出されることになります。

 “顕在意識”では予期することもできない“奇跡”が、普段に出現する世界が広がることになります。

 

あなたが“顕在意識”に書き込んだ“想い”が“ソマチッド”を介して、“感情体”に送られ、その思いが現実として投影されるのです。

そうやってあなたは現世を生きているのです。

 

 

この現実世界で生きて、それなりの努力をして、自分なりの現実世界向上努力をして、自分の人生を終わる。

 

この後、“死後の世界”へ移動するのですが、道が分かれます。これは経験的事実として確認できる。(本当は科学的事実)と言いたいのですが・・・

“ひかりの世界”、“反省部屋(地獄と呼ばれる世界)”、“地縛霊”、“浮遊霊”、“5次元滞留霊”、等に分かれてしまう。

 

“ひかり”である“たましい”が何故、“地獄”と呼ばれる真っ暗闇の世界へ入っていくのでしょうか?

 

“超意識”本体が地獄に行くことはありません。

死の前後、“たましい”はそれぞれ、別々に行動するようです。

 

死後“自分の人生”を反省して“何処へ行くのか”を決めるのは“顕在意識”です。

その決断をするのは、死後すぐの、まだ“顕在意識”が判断する世界で、あの世の下層部分です。

 

“顕在意識”は、“潜在意識”に今世の経験を“情報伝達”する前に、現世の清算まで自分で完了するのです。

それを顕在意識の中で済ませない限りは、今世の計画の総決算が出来ないのです。

その総決算の後、すべての情報と、“今世のあなたの個性”を潜在意識に伝達して、今世の役割を終えるのです。

 

 

人は死ぬ前に“超意識”と“潜在意識”が先に肉体から抜けます。期間は様々です。

“潜在意識”の滞在先は5次元幽界。ここで“顕在意識”が帰るのを待ちます。“超意識”は光の世界へ戻ります。

 

死後“顕在意識”と“感情体”は同一行動をとります。まず死後、自分の人生の終わりを確認する作業をします。

 

ここで彷徨う“たましい”も多い。「死んだら“無”だ」と思っている人は、何も見えない“無”の世界へ入ってしまいます。

「死んだら“闇”だ」と思っている人は、何も見えない“闇”の世界へ入ってしまいます。

“無”の世界、“闇”の世界は何もないから、迎えに来た魂も、周りにいる魂も見えないので彷徨ってしまいます。

でも、意識があるので、死を自覚できないのです。死んだら“無”のはずが、意識があるので戸惑うのです。

“無”の世界、“闇”の世界ではなく、意識があるのです。

死んだら“三途の川”を渡ると思っている人には“三途の川”が現れます。死んだら“花畑”に行くと思っている人には“花畑”が現れます。

 

死後の世界をきちんと把握しておかないと、辛い目にあいます。四次元幽界を彷徨う“浮遊霊”となります。

憎しみをもって死んだ魂も、多く彷徨います。5次元幽界にその魂の集まる場所が存在します。

すべてに感謝をもって生きていきましょう。

 

そのあと自分の人生の反省と総決算をすることになります。

スクリーンが現れて、自分の人生の全てが映し出されるとも言います。

 

自分が人に与えた影響を、その人の立場に立って、自分の人生を振り返るのです。隠し事も全て映し出されます。

その反省をもとに次の人生計画を立てて5次元の魂の本体のいるところへと行きます。

 

ここでも別の世界へ入るたましい達がいます。

自分の人生を反省して、多くの人に苦しみを与えたり、余りに悪い事をしたと反省した魂は自ら“反省の闇の世界”へと落ちて行きます。

 

誰も裁くものはいません。宇宙には“善悪を判断するシステム”そのものが存在しません。全て自己判断です。

 

この反省を踏まえて自己採点し“潜在意識”の待っている5次元世界へ行きます。

 

ここで驚くべき質問をされます。

 

『お前は、この死を選ぶか?』  と質問されるのです。  “死”は選べるのです。

 

反省の後、まだこの人生でもう少し課題をクリアしたいと思えば、死を回避する手段をとって今の人生を続けることができるのです。

 

今回の人生に自分でOKを出せば、5次元で待っていた“潜在意識”のあなたに、今世のあなたの“顕在意識”が“今世の情報”を渡すのです。

これによって、一回り大きくなったあなたの本体の“潜在意識”は、“ひかりの世界”へと戻っていきます。

 

そしてあなたの“潜在意識”を成長させた今世の“顕在意識”はリセットされて次の母親へと入って行きます。

妊娠した直後に、このソマチッドが母親の胎内にはいるのです。

 

性格はこの“顕在意識”と“感情体”のソマチッドが持っているものなのです。

この性格を選んでどこかの“潜在意識”が光の世界から降りてくるのです。

そしてつぎの“潜在意識”がこの“顕在意識”と“感情体”を使って新しい人生を経験してゆくのです。

 

光の世界の内部構造

光の世界へ旅立った人たちを調べてみると、輝き方と高さ?の違いがあるのです。

 

潜在意識との会話の中から光の世界が大まかに四重構造になっているのが分かりました。

 

私たちが住んでいる三次元世界の外に四次元世界がありここで人生の反省をしたり、彷徨う人たちがここに世界をつくったり、反省の闇の世界に落ちる人たちもいます。

 

ほとんどの人達は此処を通り抜け、五次元から八次元世界の光の世界に入ることになります。

 

この世界に行く人達の生き方を実にリアルに描き切っておられる方がいました。

 

飯田史彦“生きがいの探求”のエピローグに四人の旅人の話があります。

 

一人目の旅人は「宇宙には何か偉大な意志が存在していて私たちを導いてくださっている。だから私は宇宙の声に従いながら旅を進めていこう」

 

二人目の旅人は「宇宙には何か偉大な意志が存在していて私たちを導いてくださっている。だから私も宇宙の声に従いながら旅を進めていこう」

 

三人目の旅人は「私は宇宙に存在する偉大な意志など全く信じない。だから私は自分の意志に従って旅を進めていこう」

 

四人目の旅人は「私は宇宙に存在する偉大な意志など全く信じない。だから私も自分の意志に従って旅を進めていこう」

 

一人目の旅人は、宇宙から、進むべき道を指示する声が聞こえるまで待ち続けました。そして敬虔な気持ちで待ち続け、そのまま人生を終わりました。

 

二人目の旅人も、宇宙から、進むべき道を指示する声が聞こえるまで待ち続けました。しかし宇宙からの声はなかなか聞こえませんでした。そこで二人目の旅人は、「おそらく、宇宙は私に進むべき道を、自分の意志で選びなさいとおっしゃっているのだろう。」と判断し「とにかくいずれかの方向に、足を踏み出そう」と決心しました。その瞬間、夜空に流れ星が降りました。二人目の旅人はこれが宇宙からのメッセージと思いその方向へと足を進めました。

 

三人目の旅人は、宇宙からの声など待つことなく、自分の意志で面白そうな体験のできそうなジャングルに向かって足を進めました。

 

四人目の旅人も、宇宙からの声など待つことなく、一番楽に行けそうな平野へ向かって、足を進めました。

 

一人目の旅人はひたすら宇宙を信じて待ち続けたことを誇りに思い、宇宙を疑うことのなかった自分に、大変満足していました。ただし自己満足以外なにも得ることが出来ませんでした。

 

二人目の旅人はジャングルを踏み迷い様々な苦労をしながらも沢山の体験を積み、旅の終わりに「宇宙さんありがとう、あなたが与えてくださった直観のおかげで私は素晴らしい体験を積むことが出来ました」と感謝して人生を終えました。

 

三人目の旅人は、熟慮の上で進んだジャングルが間違っていたと引き返し、また熟慮の末に大河の流れる西のほうに進んで進んでみたものの、また引き返し、また熟慮の末に別の方角へ進んでみたもののやはりうまくいかず旅を終える時がやってきました。「迷ってばかりで面白くもなかったけど、此処まで来れたからいいか」と自分を納得させました。

 

四人目の旅人はひたすら安楽な道を進み続け、人生を終えました。そして自分の人生に満足していましたが、貴重な体験を積むこともなく、大して成長しないままで終わったことに気づいていませんでした。

 

旅を終えた四人は、ふと気がつくと、まぶしい光の中に、浮かんでいました。

二人目の旅人が、光の中心に一番近いところに浮かんでおり、そのすぐ外側に三人目の旅人が浮かんでいました。

そこからかなり離れたところに四人目の旅人が浮かんでおり、一番遠いところに一人目の旅人が浮かんでいました。

しかし、それでも、四人とも、確かに、まぶしい光の中に浮かんでおり、光の一部であることだけは、間違いありませんでした。

 

“たましい”は光の世界の中心を目指して“自己に試練を与得て成長”することで宇宙の中心に向かって歩みを進めているのです。

 

光の世界は“ひとついのち”なのですが、私は私なのです。無限の私が存在するのですが、それぞれに私なのです。

 

そしてその私が全てを体験しようとしているのです。

 

 

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